2021年大会参加のお礼
コロナ禍においても対面形式で無事に大会を開催できましたことに喜びを感じております。実行委員会のメンバーには多くの時間を割いていただき、また、この状況下でもご参加いただいた会員の方々に深く感謝申し上げます。
幼い頃の私の心に焼き付いた飼育野生動物は、東山動物園のゴリラです。飼育員の浅井力三さんがゴリラのショーを始められたのは1963年であり、私の小学校入学の年になります。それから60年近く経ちますが、今ではニシローランドゴリラのシャバーニが、メディアなどで「イケメンゴリラ」として取り上げられています。展示方法や動物種に関わらず、幼少期の子供に飼育野生動物が与える影響は大きいものです。その飼育野生動物を国内で維持していく上で、栄養と繁殖の管理は重要な鍵を握ります。
今回のテーマの一つであったウミガメの栄養については色々と考える機会をいただきました。セレンは海産物中に多く、ウミガメが食する海藻では10,000 倍から 16,000 倍という濃縮率を示すとあります(木村修一 海藻の不思議(https://www.saltscience.or.jp/symposium/1-kimura.pdf))。餌中に多いにも関わらず飼育1−2年後から低セレン血漿を示すのは何故でしょうか?ヒトにおいて、腎不全患者ではセレンの吸収低下や消費亢進により血中セレン濃度が低下すると考えられています(増本幸二 低セレン血症を知っていただくために(https://www.fujimoto-pharm.co.jp/jp/iyakuhin/aselend/pdf/as-for_medical_staff.pdf))。何らかの理由で、ウミガメに腎臓機能の低下が起こっているのでしょうか?総排泄腔へのセレンの排泄動向が明らかになればセレンの供給量を調整できるかも知れません。 大会2日目の冒頭でウミガメがクラゲを食べることの意義について少し議論をさせていただきました。タンパク質に対する食欲が総摂取量を決定するという「科学者たちが語る食欲(サンマーク出版)」の論旨にしたがい、クラゲをタンパク資源として摂取するものと最初は考えました。しかし、クラゲのタンパク質含量は5%に過ぎず、また必須アミノ酸は低いためにクラゲを捕食することには他の理由を求める必要もあります。クラゲのように海中で浮遊するビニール袋(プラスチックゴミ)もウミガメが食べることについて、研究会終了後に調べたところ、ウミガメがプラスチックゴミを飲み込んでしまうのは「匂い」によるものと報告されていました(Current Biology 2020, 30(5):R213-R214)。イカを必死に追い求めていた動画は、イカが発する匂いをウミガメが強く好み、激しく反応したと考えれば不思議ではありません。
「キリンの短命問題を考える」について、Anne Innis Dagg (著) Giraffe: Biology, Behaviour and Conservation(初版)を前もって読んでみましたが、動物園における給与飼料の問題点が書かれていました。今回お話ししていただいた内容は、飼料以外の情報を取り上げられており、その情報を詳細に詰めていけばいくつかの死因が判明するのではないかと考えました。ヒトの場合、若い時は男性で高血圧と診断される割合が高いという事実があります。血圧は季節によって変化し、一般に寒い冬の方が暑い夏よりも血圧は高く、また血圧は1日のうちでも時刻によって変化します。キリンの血圧が高いことは周知のことであり、後頭部にある「ワンダーネット」と呼ばれる綱目状の毛細血管が急激な血圧の変化を防ぐとされています。今回、雄キリンの死亡率が冬季に高いことを知り、冬季という長い期間の中でも数日の急激な気温変化が血圧調節に悪影響を及ぼす可能性はあると思いました。一方、出産前後の雌キリンについては、乳牛の知見が役立つかも知れません。乳牛は分娩後の泌乳開始時に、大量のカルシウムを血液中から乳汁中へ移行させるため、低カルシウム血症となり、全身の筋肉の弛緩、循環障害あるいは意識障害を引き起こして起立不能になります。この症状を乳熱といい、予防にビタミンD3やカルシウムの給与が行われます。乳熱がキリンでも症状として現れるかは知りませんが、出産前後の血漿カルシウム濃度を測定することで対処できる可能性はあります。また、ミルクを出すことにより、体液量減少による血圧低下が起こる可能性はないでしょうか?出産前後の飲水行動や飲水量に気を配ることも有益と考えます。
最後の口蹄疫に関する話題について、飼育野生動物は展示動物分類ということで、家畜伝染病予防法に何が書かれているかを調べてみました。患畜等以外の家畜の殺処分の第十七条の二に次のようにあります。
「農林水産大臣は、家畜において口蹄疫又はアフリカ豚熱がまん延し、又はまん延するおそれがある場合(家畜以外の動物が当該伝染性疾病にかかっていることが発見された場合であって、当該動物から家畜に伝染することにより家畜において当該伝染性疾病がまん延するおそれがあるときを含む。)において、この章(この条の規定に係る部分を除く。)の規定により講じられる措置のみによってはそのまん延の防止が困難であり、かつ、その急速かつ広範囲なまん延を防止するため、当該伝染性疾病の患畜及び疑似患畜(以下この項において「患畜等」という。)以外の家畜であってもこれを殺すことがやむを得ないと認めるときは、患畜等以外の家畜を殺す必要がある地域を指定地域として、また、当該指定地域において殺す必要がある家畜(患畜等を除く。)を指定家畜として、それぞれ指定することができる。」
下線部前者の「家畜以外」に展示動物は該当すると思われますが、下線部後者には「家畜以外」という表記はありません。「家畜以外」の動物である展示動物は当該伝染性疾病に感染していなければ、まん延するおそれを防ぐことでその生命を守ることができると読めます。法的な解釈が正しいかどうかは専門家の判断が必要ですが、ウイルスの伝染力が通常のウイルスに類を見ないほど激しいため、感染予防ならびにまん延防止対策が非常に重要であることは間違いありません。飼育動物栄養研究会としては、飼料の導入先や衛生面に対する意見交換が必要と考えます。
最後に、今回の研究会から多くのことを学ぶことができました。発表者ならびに座長の方々にお礼申し上げ、挨拶とさせていただきます。
古瀬充宏